現場は今、どう動いているか? 建設業の「リアル」を抉る

~2024年問題からDX、賃金まで。職人と経営者が知るべき最新動向~

2025年も残すところあとわずか。建設業界は、まさに「激動」という言葉がふさわしい一年を過ごしてきました。2024年4月から本格適用された時間外労働の上限規制、いわゆる「2024年問題」は、単なる法改正ではなく、業界の構造そのものに変革を迫る号砲となりました。

あれから1年半以上が経過した今、現場の実態はどうなっているのでしょうか。「働き方は本当に変わったのか?」「給料は上がったのか?」「人手不足は解消に向かっているのか?」

本記事では、職人の皆様、そして日々舵取りに奮闘する経営者の皆様が今、最も気になるであろう「建設業のリアル」について、最新の動向をピックアップし、約3000文字程度で深掘りします。明日の一手を考えるための材料として、ぜひご一読ください。

1. 【2024年問題】適用から1年半。「理想」と「現実」の狭間

最大の焦点であった時間外労働規制。現場では「理想」と「現実」が激しくせめぎ合っています。

現状:浸透しない「時間管理」の意識

驚くべきことに、2024年10月時点の調査でも、2024年問題に対して「未対策」と回答した工事会社は7割以上に上り、この1年間でわずか9ポイントしか改善していないというデータがあります。

なぜ対策が進まないのか。最大の壁は「勤怠管理のアナログさ」です。いまだに85%以上の企業が、紙の出面帳やタイムカード、Excelで労働時間を管理しています。これでは、誰が・いつ・あと何時間働けるのかをリアルタイムで把握することは不可能です。

職人目線:「早く帰れる」か、「手取りが減る」か

現場の職人からは、二極化する声が聞こえてきます。

  • ポジティブな声: 「元請けが厳しくなったおかげで、17時には現場が閉まるようになった」「週休2日(土曜閉所)が当たり前になり、家族と過ごす時間が増えた」
  • ネガティブな声: 「残業が規制された分、残業代がごっそり減って手取りが激減した」「工期は変わらないから、結局、日報や段取りの仕事を家に持ち帰っている」「(一人親方の場合)単価が上がらないまま工期だけ厳しくなり、実質的な収入は減った」

政府は「新3K(給与・休暇・希望)」を掲げますが、現場では「休暇」が確保された代わりに「給与」が不安定になる、というジレンマが発生しています。

経営者目線:工期とコストの板挟み

経営者にとって、この1年半は「工期」と「コスト」との戦いでした。

  • 労務管理コストの増大: 正確な勤怠管理システムの導入・運用コスト。
  • 工期厳守のプレッシャー: 残業ができない分、人員を増やすか、工期を延ばすかの選択を迫られます。しかし、人手不足の中で人員を増やすのは至難の業。
  • 受注の機会損失: 「この工期ではウチでは請け負えない」と、仕事を断らざるを得ないケースも増えています。
  • 経営者の疲弊: 調査によれば、経営者の多くが毎日2時間以上の事務作業に追われており、現場管理や営業といった本来の業務を圧迫しています。

2024年問題は、単に「早く帰る」問題ではなく、「限られた時間で、いかに稼ぐか」という生産性改革そのものです。適正な工期設定と、それを実現するための価格転嫁。この2つを元請けや発注者と粘り強く交渉できるかどうかが、企業の明暗を分けています。

2. 【賃金・処遇】「上がる」実感はどこに? 労務単価と手取りのギャップ

人手不足対策の切り札は、いつの時代も「カネ」です。賃金は、本当に上がっているのでしょうか。

現状:大手と中小の鮮明な「賃金格差」

2025年の春闘では、建設業界の賃上げは上昇傾向が続くと予測されていました。事実、西松建設が10%超の賃上げや大卒初任給を30万円に引き上げるなど、大手ゼネコンの景気の良いニュースが紙面を賑わせました。

しかし、これはあくまで一部の体力ある大手の話です。

中小企業では、連合が掲げた「6%以上」の賃上げ目標に対し、実際に「6%以上」を見込めると回答した企業はわずか9.1%に留まりました。さらに、「賃上げを実施する」と回答した企業の割合自体が、2024年よりも減少に転じたというデータもあります。

職人目線:「額面」は上がれど「手取り」が変わらない

現場の職人からは、こんな本音が漏れます。

「公共工事設計労務単価が上がったとニュースで見るが、実感はない」 「確かに日当(単価)は少し上がったかもしれない。でも、社会保険料やインボイス対応の経費、高騰するガソリン代や道具代を引いたら、手元に残る金は去年と変わらないか、むしろ減っている」

建設コスト全体が直近4年で3割近く上昇している中、その上昇分が末端の職人の手取りにまで行き届いていないのが実情です。

経営者目線:賃上げの原資は「価格転嫁」のみ

中小企業の経営者は、採用競争力のために賃金を上げたいと切実に願っています。しかし、その原資がありません。

賃上げができない最大の理由、それは「原材料価格の高騰」と「価格転嫁ができていない」ことです。

下請け・孫請けになるほど、立場は弱くなります。元請けから提示された金額に、高騰した資材費や、引き上げるべき人件費を上乗せして交渉できなければ、利益は圧迫される一方です。「忙しいのに儲からない」という「利益なき繁忙」に陥っている企業は少なくありません。

もはや、社員や職人の「頑張り」でコストを吸収する時代は終わりました。自社の技術力と仕事の質を正当に評価してもらい、それを「適正価格」として受注する。この「交渉力」こそが、経営者に今最も求められるスキルです。

3. 【人手不足とDX】「キツい」現場は変わるか? テクノロジーの現在地

人手不足は、もはや「課題」ではなく「常態」です。69%の企業が「人手不足で仕事を断ることがある」と回答しており、事業成長の最大の足かせとなっています。

対策は「採用」から「育成・定着」へシフトしていますが、その両方を解決する鍵として「建設DX(デジタルトランスフォーメーション)」が注目されています。

現状:進む「自動化」と、立ち遅れる「デジタル化」

2025年は「i-Construction 2.0」の本格稼働により、建設現場の風景が大きく変わろうとしています。

  • AIによる施工管理や品質チェック
  • BIM/CIM(3次元データ)の標準化
  • スマート建機やロボットによる無人化・自動運転施工

これらは、特に大規模な土木工事現場から実用化フェーズに入っており、「キツい」「危険」といった作業をテクノロジーが代替し始めています。

一方で、より身近な「デジタル化」は驚くほど遅れています。前述の通り、いまだに勤怠管理は紙やExcel。図面や工程表、安全書類がFAXやメールで飛び交い、現場監督が事務所に戻ってから夜遅くまで書類作業に追われる。こうした非効率が、現場の疲弊と若手の離職を招いています。

職人目線:「便利」か、「面倒」か

新しい技術に対する職人の反応も様々です。

  • ポジティブな声: 「スマホ一つで図面も工程も確認できるアプリは便利だ」「遠隔臨場(ウェアラブルカメラ)のおかげで、監督の指示待ち時間が減った」「ICT建機なら、経験が浅くてもベテラン並みの精度で掘れる」
  • ネガティブな声: 「今さら新しい機械やアプリの使い方を覚えるのは面倒だ」「結局、そのデータを入力する手間が増えただけ」

重要なのは、技術が「仕事を楽にしてくれる」という実感です。ベテランの経験と勘を否定するのではなく、それをサポートする道具としてDXを位置づける必要があります。

経営者目線:「投資」か、「コスト」か

経営者にとって、DXは「投資」です。しかし、中小企業にとっては大きな壁があります。

  • コストの壁: 導入費用が高い。費用対効果が見えにくい。
  • 人材の壁: 使いこなせる社員がいない。教育する時間もない。
  • 認識の壁: そもそも「2025年の崖(老朽化したITシステムの弊害)」を6割以上の経営者が認識していないという調査結果もあり、危機感が薄い。

しかし、DXはもはや「やってもやらなくても良い」ものではありません。勤怠管理、工程管理、原価管理といった基本的な業務をデジタル化するだけでも、経営者の事務作業時間は大幅に削減できます。

何より、DXは「採用ブランディング」の武器になります。「ウチの会社は、スマホで全部管理できるよ」「無駄な残業はシステムでなくしているよ」――。こうした環境こそが、今の若手が入社を決める大きな理由になるのです。

4. 【経営環境】資材高騰と淘汰の波

最後に、企業の足元を揺るがすコスト問題です。

資材価格は、一時期の異常な急騰(ウッドショック、アイアンショック)こそ落ち着きましたが、円安やエネルギー価格の影響を受け、「高止まり」が続いています。

ただし、資材によって動向が分かれている点に注意が必要です。合板や鋼材はピークアウトして下落基調にありますが、セメントや生コンクリートは上昇傾向が続いています。

この「資材高」に「労務費高騰」、そして「2024年問題対応コスト」が重なり、中小企業の経営を直撃しています。

職人目線:「ウチの会社、大丈夫か?」

現場で働く職人や社員にとって、会社の経営状態は死活問題です。「あれだけ忙しく働いているのに、ボーナスが出ない」「最近、社長が資金繰りの電話ばかりしている」といった状況は、将来への不安に直結します。

腕一本で生きていける職人であっても、安定した経営基盤を持つ企業で働きたいと考えるのは当然であり、優秀な人材ほど、危うさを感じ取って流出していきます。

経営者目線:「利益なき繁忙」からの脱却

後継者不足による廃業やM&A、そして2024年問題に対応しきれず利益が圧迫され、倒産に至るケースも後を絶ちません。

今、経営者が決断すべきは、「利益なき繁忙」からいかに脱却するかです。

  • 請け負う仕事を選ぶ(利益率の低い仕事は勇気を持って断る)
  • 価格交渉を徹底する(労務費・資材費の上昇分を明確に提示する)
  • DXで徹底的に無駄を省き、生産性を上げる

古いやり方のまま、ただ目の前の仕事をこなしているだけでは、時代の波に飲み込まれてしまいます。

まとめ:変革の時は来た。選ばれる企業、生き残る職人であるために

2025年の建設業界は、2024年問題という「痛み」を伴う変革の真っ只中にあります。

  • 職人の皆様へ: 「休暇」と「給与」の両立は、会社の生産性向上なくして実現できません。新しい技術(DX)を「面倒」と拒絶せず、自らの負担を減らし、技術力を高める武器として使いこなす意識が求められます。それが結果として、ご自身の市場価値を高めることにつながります。
  • 経営者の皆様へ: 「根性」や「長時間労働」に頼る経営は、もはや限界です。「適正工期」と「適正価格」を勝ち取る交渉力。そして、アナログな業務をデジタル化し、社員が働きやすく、利益が出やすい体質に変える「DXへの投資」が急務です。

建設業は、この国を支えるエッセンシャルワークです。しかし、その誇りだけでは飯は食えません。

「給与がよく」「休暇が取れて」「希望が持てる」――この「新3K」を実現するために、旧来のやり方を見直し、変化に適応できた者だけが生き残る。そんな厳しい、しかしやりがいのある時代が、今、始まっています。

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